BOOKS HIRO通信 第163号

ポール・オースターの『4321』は価格超越の出来
hiro 2025.08.30
誰でも

(1)みなさまこんにちは

ポール・オースターの『4321』(柴田元幸訳 新潮社)を一週間かけて読みました。多分すぐ読み直したくなると思います。 約800ページしかも2段組の自伝的大長編です。

フィクションと日記という違いはありますが、アシモフの日記作品を思い出します。最初の書き出しでロシアからの移民が米国になんとか入国するところが似ていますし、筆者の感性や執筆態度も似ています。

『4321』という題名の直接の種明かしは控えます。ポール・オースターが今回採用した記述方法によって大部になったことと、題名は関連しています。ポール・オースターはある人間の生涯の可能性・不可能性を考えたうえで、小説家的選択を行い、従来は小説をわかりやすい単一のストーリーにまとめていました。今回はもっと人生を広範囲に捉えたかったのでパラレル・ワールド的記述という読者にとっては難易度の高い手段をあえてとったのだろうと思います。

結果としてできあがったこの小説はいままでの彼の小説に比べすくなくとも「4倍」の価値を持っています。下世話に考えるとこれで本体価格6500円は高くないということになります。でもこれは読んでみないとわからないので、有名作家の特権としてあえて儲からない道をとったとも言えます。うらやましい。

一方、読者はその特権として好き勝手な読み方ができます。この小説の場合その自由度は高そうです。はじめて読んだ私が喜んだのは成長していく主人公ファーガソンが読み続ける、あるいは年長者から読むことをすすめられる本のリストが数多く含まれていることです。きっと著者の読書の好みが推測できるだろうと思います。

例を三ヶ所だけあげてみます。

(168ページ) サマーキャンプの場面で読んだもの。『変身』、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(ここは洒落が効いているのです)、『カンディード』。
(374ページ) パリで読んだ本のうち「政治的」なもの。『地に呪われたる者』、『アデン・アラビア』、『シチュアシオン』。
(475ページ) コロンビア大学の課題読書リストのごくごく一部、他にも「古典」が非常に多数あります。『饗宴』、『詩学』、『告白録』、『エチカ』、『国家』、『ニコマコス倫理学』、『政治学』、『神の国』、『トリストラム・シャンディ』。

主人公は膨大な数の本を読むだけでなく、野球・バスケットボールなどのスポーツに精を出し、音楽鑑賞や、映画鑑賞にも力を入れます。政治にも興味を持っていて、ジョン・F・ケネディの登場に胸をおどらせ、その暗殺にショックを受け、その後60年代のベトナム反戦学生運動にも参加します。

このような主人公の生活ぶりを描写することによって、現在の米国の奇妙かつ悲惨な状況に対し、ポール・オースターはリベラルな立場から否定的なメッセージを送っていると思います。また、章の番号だけで内容空白の章がいくつかあるが、ここに何を読みとるかは読者に残された楽しい義務かと思えます。

一旦は読み終えましたが、この本の内容はまだほとんど把握できていません。この文章を書いてみて1%くらい「わかった」気になりました。あと何回読めばいいのかは予測できません。考えてみると、このような得体のしれなさが、読書の楽しさのポイントですし、この本の大きな価値なのでしょう。もう一度言うとこれで本体価格6500円は安い、安すぎるのです。

(2)現在の私の棚主ページです

SOLIDA

RIVE GAUCHE

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また来週。

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