BOOKS HIRO 通信 第150号
(1)みなさまこんにちは
共同書店PASSAGE書店の「鈴木マキコの本棚」さんからお迎えした梯久美子著『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』(文春文庫)を読みました。帯文に書かれていた「天才であるより、いい人であるほうがずっといい ―― やなせたかし」という言葉が目に入り、それがきっかけで手に取りました。最近、NHKの朝ドラで描かれていた人物像と重なるような「いい人」の印象を持っていたやなせたかし。その人物像の真髄を知りたくなったのです。
やなせたかしは、高知の開業医である伯父に育てられ、「好きなことをやるのが一番」と励まされて、戦時中に東京のデザイン学校へ進学します。そこで彼は、まだ華やかさを残していた銀座の街に出かけ、さまざまな文化に触れます。しかし時代は戦争へと傾いており、やがて彼も徴兵されます。幸いにも戦地から生還するものの、最愛の弟は駆逐艦とともに沈み、帰らぬ人となりました。終戦後、世界はがらりと様変わりしており、その混乱のなかで、やなせたかしは「正義とは何か」を深く考え抜くようになります。
本書175ページには、彼の思想を象徴するような一節があります。
「ある日を境に逆転してしまう正義は、本当の正義ではない」「もし、ひっくり返らない正義がこの世にあるとすれば、それは、おなかがすいている人に食べ物を分けることではないだろうか」
戦後、自分なりにたどり着いたこの答えを、彼はパンを届けるおじさん――アンパンマンに託しました。空腹の子どもに自らの顔をちぎって差し出す、という行為にこそ、やなせたかしが考える「ひっくり返らない正義」が宿っているのです。
私が特に気になったのは、デザイン学校時代から彼が愛読していたという井伏鱒二の『厄よけ詩集』の存在です。国会図書館デジタルコレクションで実際に探して読んでみたところ、やなせたかしの詩とどこか通じるような、やさしさと諧謔のにじむ詩句に触れることができました。詩や物語の奥底に流れるユーモアと慈愛、それはやなせ作品全体に通じる精神なのだと感じました。
本書の著者・梯久美子さんは、やなせたかしが創刊した雑誌『詩とメルヘン』で編集の経験があるとのこと。その筆致はあたたかく、やなせの人生に寄り添いながら、その内面にまで光を当てています。外柔内剛ともいうべき、しなやかで強い信念を持ったやなせの人柄が、細やかに描かれていました。
そして最後に、思ったのです。「お腹をすかせた人にパンを分ける」というやなせの哲学は、本だけでなく本を手渡す行為にも宿っているのではないかと。PASSAGEで自らの書棚を持ち、本を分け与えてくれる棚主の姿は、まさに現代のアンパンマンのようです。やなせたかしの精神は、こんな風に、読者と本をつなぐ日常の中にも生き続けているのだろうと思いました。
この本、おすすめです。
(2)現在の私の棚主ページです
SOLIDA
RIVE GAUCHE
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また来週。
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