BOOKS HIRO 通信 第194号
(1)みなさまこんにちは
『見えるか保己一』(蝉谷めぐ美著 株式会社KADOKAWA刊)を読んだ。
著者は圧倒的な筆力で、「群書類従」の編纂者・塙保己一を新鮮な観点から活写している。特に母親きよから見た幼児塙保己一の未来を。
亡き妻の言葉を夫宇兵衛が語る。(39ページ)
「きよは唇を水で湿らす刻(とき)も惜しんで繰り返すのです。あの子にとって、目が見えぬのは足が遅いのと同じこと。ならば、足の遅い子に勉学をやらせない理由なぞどこにもない」
「きよはこうも私に言って聞かせてきた。安心なさいませ、あの子は色々なものが見えている。ときには、我々には見えぬものまで見えているのだと」
この言葉に説得されて、絹商人九郎左衛門は辰之助(塙保己一)をしぶしぶながらも江戸に連れて行く気になる。この決断が塙保己一を大学者とすることになる。
実は、この小説を読む前に私は次の二つの疑問の回答を期待していた。
①塙保己一はなぜ、空前の叢書を編纂できたのか。②しかも盲人の身で。
②の問題は先の引用でたちまち氷解した。「あの子(塙保己一)は色々なものが見えている。ときには、我々には見えぬものまで見えている」と母親きよが「見抜いている」からだ。目が見えないことはハンディではない。その逆なのだ。私は『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(伊藤亜紗著 光文社新書)を読んで大いに反省した。
①について考えてみた。基本的には常人を多方面で超える能力を塙保己一が持っていたからだ。そして、後世の読書人が自分のように苦労しないように、読書環境を整備しておこうという強い意志の力があった。
当時の人々の識字率の高さには驚くが、その多くの人と書物にめぐりあい、書物を読み聞かせてもらうことにより、修行時代からの塙保己一の読書体験が成り立っていく。一度聞いた内容は忘れぬ様に、聞いた直後に復唱して頭に入れる。現在のわれわれの読書体験を質量ともに超えるものがある。鍵は音読にある。読み聞かせる側の読書体験のエッセンスを含めて、書物の内容が保己一の頭の中に直接流れ込む。保己一の異常なまでの記憶能力・理解力に加えて、多くの読書人の集合知を得ることにより保己一の頭脳中で化学反応が起きたと言える。
このような稀有な読書体験を私もできることならしてみたい。PASSAGEのコミュニティはそれを実現するための一つのツールとなるだろう。
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また来週。
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