BOOKS HIRO 通信 第193号
(1)みなさまこんにちは
表題の本は2012年4月から2014年3月、明治大学在外研究員として著者がパリに滞在したときの貴重な記録です。著者は主に翻訳や執筆という仕事の合間に、近場を散策したり、文学通のギャルソンと会話をしながらレストランで食事をしたり、自炊のための買い物をしたり、映画館や美術館や音楽会に出かけていきます。生き生きとしてしかもユーモアに満ちた記述が秀逸です。読んでいる自分も著者と一緒に「PARIS散歩」をしている気持ちになります。
執筆などの仕事をなさるには参考資料が必要で、インターネット上の資料も含めパリですぐに手に入るものを除けば、荷物としてパリに運びまた持ち帰る必要があるそうです。なかなか心身を疲労させそうなことですが、それを乗り越えて現地で仕事をするだけの魅力が、パリというアルカディアで暮らす生活にあった。その機微を日々の行動の記述で見事に表現されているというのがこの本の最大の魅力だと思います。
パリ=アルカディアの尽きない魅力を書き残した人のなかにはヘミングウェイ(『陽はまた昇る』と『移動祝祭日』)や、森有正(『バビロンの流れのほとりにて』他)や、辻邦生(『パリの手記』などの日記類)などがあると私は思っています。この本で引かれている萩原朔太郎の詩だけでなく、森有正の語る、仕事の合間のカフェでのコーヒーの魅力が、私のパリへのあこがれをいやましにしたのを覚えています。もちろん、カフェのコーヒーに安らぎを覚えるには、パリの力を借りながらも個人のたゆまぬ努力で仕事を成し遂げつつあるということが必要です。著者が新聞連載や著書(『七世 竹本住大夫 限りなき藝の道』でしょうか?)の執筆を部屋で丹念になさっていたらしい記述を読むと、外出だけではなく、部屋の中も含めた精神的「PARIS散歩」の素晴らしさがあきらかになってくるのです。
もう一つ興味深く読んだことがあります。『堀辰雄全集』(筑摩書房版)を購入するときのエピソードや、できればパリの仕事場にも持っていきたかったというお話です。私も学生時代には欲しかったが高価で買えず、最近になってようやく古本で購入できてそれ以来常に身近においているからです。これを書いている今も私の眼の前には美しい装訂のこの本がならんでいます。
入手してすぐに読みふけってしまったこの本は、パリにもう一度行きたいが体力的にもう無理だろうという私の悲しい諦念を癒してくれました。精神的には現在もパリ=アルカディアに自分はいるのだということを、強く感じさせてくれたのです。パリを愛する人すべてにこの本をぜひおすすめしたいと思います。
そしてこの本を読み終わった方には同じ著者の『楽しみと日々 壺中天書架記』や『物語 パリの歴史』をおすすめします。もちろん訳書『失われた時を求めて』(光文社古典翻訳文庫)もおすすめです。どれもあなた自身の「パリ=アルカディア散歩」の手引きとなるでしょう。
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また来週。
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