BOOKS HIRO通信 181号

『ウォークス 歩くことの精神史』を読んだらもっと歩きたくなった
hiro 2026.01.10
誰でも

(1)みなさまこんにちは

PASSAGEの「小豆洗はじめ」さんの書棚から年末に購入し、正月休みに読んだ『ウォークス 歩くことの精神史』(レベッカ・ソルニット 東辻賢治郎訳 左右社)は期待以上の力作だった。レベッカ・ソルニットの作品は初めて読んだが、こんな力技の本を書く人とは思っていなかった。「歩くことの精神史」という、よくできた邦題の意味ももっとしっかり想像すべきだった。


「歩く」ことの歴史や、地域によってのちがい、その意味づけへの深い考察や渉猟した多くの文献、歩くことへの政治的意味付け、フェミニズム的考察などが全編に散りばめられている。盛りだくさんすぎて、頭が混乱し、途中で読み進められなくなった。頭を整理するために読むのを中断して、自分が読んだ日本の文学作品で「歩くこと」をテーマとしたものはなにかを考えてみた。『伊勢物語』、『奥の細道』、『草枕』、『十月(堀辰雄)』など。芭蕉や堀辰雄は命をかけて文学のために歩く旅に出ているのだろうと思える。レベッカ・ソルニットは人類がそもそも歩いて旅に出るようになったのはなぜかから考えている。ここがすごいぞ、と思って『ウォークス』を読み続けたら、芭蕉が修験道の霊峰月山に登ったことが出てきた。(241ページ、「第九章 未踏の山とめぐりゆく峰」)

このあとは、レベッカ・ソルニットの思考回路に慣れたのか、読み進めるのが楽になった。ただし、第十四章 夜歩く――女、性、公共空間を読むのは難儀だった。つまりフェミニズムの立場から歩くことを考えたことがなかったので、学ぶことが多かった。

歩くことをやめ、列車・飛行機・自動車に頼らざるを得なくなった米国人の「末路」は暗い。(第十五章 シーシュポスの有酸素運動――精神の郊外化について)新幹線や特急電車は旅のプロセスを無慈悲に省略するのでキライなので、この章は気に入った。

「歩く」という普段無意識にやっていることをとりあげて、その意味をこのように深く追求して、書き表したレベッカ・ソルニットに大いに敬意を評したい。困難な翻訳をなしとげた訳者にも感謝したい。

スマートフォンによると、昨年一年での私の総歩数は180万歩だった。老化で歩幅が狭くなっているので一歩0.5メートルとすると、90万メートルつまり900キロを歩いたらしい。東京から福岡までと同じ距離を一年かけて歩いたことになる。芭蕉翁に笑われそうだ。伊能忠敬翁にも。しかし、自分の足で歩いたことは厳然とした事実。今年は200万歩つまり1000キロを目指して歩き続けたい。もちろん、歩くことを楽しみながら。

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また来週。

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