BOOKS HIRO通信 第186号

『リンカーン・ハイウェイ』は『ライ麦畑でつかまえて』をなぜ超えたか
hiro 2026.02.14
誰でも

(1)みなさまんにちは

『リンカーン・ハイウェイ』(エイモア・トールズ著 宇佐川晶子訳 早川書房 2023年刊)は著者の三作目(前二作は『賢者たちの街』と『モスクワの伯爵』どちらも面白かった)。広い意味でのロードノベルだが、1950年代の米国の若者の生きざまを上手に表現している。サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』を比較対象にして読んでみた。いくつかの点で『ライ麦畑でつかまえて』を超えていると思う。

超えているのは以下の点においてである。(少しネタバレを含むが、出版後しばらく経っているのでお許し願いたい。)

(1)少年の更生施設から出てきた若者三人(エメット、ダッチェス、ウーリー)とその家族たちの色々な視点から多角的に描かれる。ペンシー校を追い出されたホールデン一人だけの視点からの物語である『ライ麦畑でつかまえて』より、当時の若者の特性を把握しやすい。

(2)若者三名はそれぞれすべてが、ホールデンの分身のようだ。ホールデンを分析して三人に分け、それぞれの特性に応じた運命を辿らせる。

(3)ホールデンの妹のフィービーの存在も、エメットの弟ビリーとして登場し、他のふたりとも交渉を持ち大活躍。時々はビリーが主役となる。ビリーが主役となれるのは、彼が熟読した英雄物語の絵本のおかげ。

(4)そしてデイヴィッド・コパフィールドを思わせる筋書き展開。ここも『ライ麦畑でつかまえて』への逆オマージュ。

(5)シェークスピアやホメロスを含む多くの偉大な文学作品へのオマージュともなっている。

『リンカーン・ハイウェイ』はこのような点で読者を魅了するような、懐の深さを持った小説だ。エイモア・トールズの力量はすごい。考えてみるとサリンジャー自身の「青春」が第二次世界大戦で損なわれなければ、『リンカーン・ハイウェイ』のような余裕のある作品を書けただろう。残念なことだ。サリンジャーも生前、こんな小説を書きたいと苦闘しただろう。

エイモア・トールズの後続作(作品集 未訳)も楽しみ。それまでは、Kindleで英語版(購入済み)を拾い読みしたい。

さて、私としては、40ページから出現する、スチュードベイカー・ランドクルーザー・フォードア・ハードトップ(1948年製)が、末尾で空色から黄色に塗り替えられる形而上の意味を追求したい。形而下では、警察の追及を逃れるのが目的なのだが、著者の意図は別にもあるだろう。これを追求するためにこの本はもう一度読む。

ところで、本の表紙カバーの車の絵(英語版の本の表紙写真も)はきちんと考証してあるように見える。この車について私が見つけた写真は以下にある。(色はちがう。そして年式は1947年だが、大きなモデルチェンジはされていないらしい。)

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また来週。

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