BOOKS HIRO通信 第177号

庄司薫を読んで56年、彼と私の人生
hiro 2025.12.13
誰でも

(1)みなさまこんにちは

孫の七五三のお参りに同行し、赤坂の日枝神社に行った。多分初めて。

上から撮った参道の階段

上から撮った参道の階段

足弱なのでエスカレーターでたどり着いたが、登らなかったこの参道の階段はたしか『さよなら怪傑黒頭巾』の重要な場面で出てくる階段だと気づいた。『さよなら……』は愛読していた庄司薫の1969年芥川賞受賞の第2作だ。受賞作はもちろん『赤頭巾ちゃん気をつけて』。これらの作品の主人公は著者名と同じ薫くんである。私と同年齢という設定なので主人公にも思い入れがある。一方、著者の庄司薫は私より12歳年上。

『さよなら怪傑黒頭巾』(1969年11月刊行 中央公論社)では、大学紛争が陰りをみせた1969年5月4日、浪人中の薫くんが、学生運動から日和って大病院の婿となる若手医師(薫くんの兄の友人)の結婚式の披露宴(会場は当時のヒルトンホテル)に、欠席者の代理要員として駆り出され、別途参加していた高校時代の旧知の女子学生とその従姉妹の二人とともに、日枝神社(山王さん)のこの階段で記念写真をとりながら仲良くなる。このシーンを思い出した。その夜、兄たちが薫の家に泊まり込み、挫折しつつある政治議論に疲れ・酔って眠り込む中を、薫は皆を介抱しながら、世の中の皆を幸せにするために、自分は強くしかも優しい人間になろうと決意する。

庄司薫の本は単行本の形ででたものはすべて初版で持っている。いま、Wikipediaで調べたら以下の8冊。

1.喪失 (福田章二名義で出した初期短編集を再発)中央公論社, 1970

2.赤頭巾ちゃん気をつけて 中央公論社 1969 

3.さよなら快傑黒頭巾 中央公論社 1969 

4.狼なんかこわくない 中央公論社 1971 

5.白鳥の歌なんか聞えない 中央公論社 1971

6.バクの飼主めざして 講談社 1973  

7.ぼくの大好きな青髭 中央公論社 

8.ぼくが猫語を話せるわけ 中央公論社 1978 

何度も読み返しているし、自分はかなりコアなファンであると言ってもよい。

とくに2.3.5.7.はいわゆる「薫くんシリーズ4部作」で上記の理由で特別な思い入れがある。自分と薫くんを同一視して考えていたふしがある。一時は生き方の参考にもなった。ところが、強く優しい人間になるのはとても難しい。どうしても周囲に同調する生き方をしてしまう。これを打破するうまい生き方を薫くんに教えて欲しかった。『ぼくの大好きな青髭』を読むとどうも妙な方向に薫くんも進みつつある。これでは物足りない。

次の薫くんシリーズ作品が出るのを待っているうちに年月が過ぎ去った。どうして書いてくれないのかと恨めしくも思った。エッセイ集である4.6.8.などを読むと、文学だけにとらわれずに広い精神活動を(経済活動も)試みていたらしい。そして出版にとらわれずに、好きなことを好きなだけ書いている姿がぼんやりと見えてくる。やはり何も出版しないが書きまくるサリンジャーに似たところもある。サリンジャーの悲壮感はない。

表立っては何も書かない庄司薫の生き様は、自分の生き様と重なるところもある。自分も会社に務めた約40年間は何も表現をしていない。「生きる」ことで精一杯だったからだ。

でも老年を迎えた今、その精一杯「生きる」ことも含めて、なんらかの痕跡をこの世の中に残したいと思うのは私という俗人のつまらない感慨に過ぎないのだろうか。米寿を越していると思われる著者庄司薫に訊いてみたい。こんな感想を持っている主人公庄司薫くんファンは他にもいそうだ。

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また来週。

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