BOOKS HIRO通信 第154号
(1)みなさまこんにちは
SOLIDAの私の書棚のテーマは、「日記・紀行・評伝」です。日記や紀行や評伝はすべての文学の基本であると言う認識を持っているからです。
今週は部屋の片付け中に出てきた「寺田寅彦全集」(全17巻、1960年発行・ 1976年第二刷 岩波書店)いわゆる新書版全集のうち日記編(13 ・ 14巻)を読みました。若い頃に買いましたが、日記編は通読していませんでした。日記の内容は定評ある随筆と比べても遜色ないものです。日記の特色は以下のことにあります。寺田寅彦も普通の人としていろいろと悩みます。特に父親として子供の病気の心配などが絶えません。勤務上の悩みも深く、辞めたいと言う愚痴もよく出ます。人間性が垣間見られるのが、日記を読む理由なのです。
その中で、人(例えば漱石門下生や大学の先生仲間や文化人たち)と交際し、音楽演奏を楽しみ、映画も見ます(寅彦の映画評論は多いです)。あれこれ満載の日記のなかで興味を引いたのは、明治42年(1909年)寅彦31歳での留学の際の船旅の記述です。ドイツの客船ルードウィッヒ号で神戸を3月末に旅立ちます。当然、香港に寄港するはずですが、この全集本では、その部分の日記が割愛されています。慌てて、1998年版の寅彦全集の第19巻を購入して、香港の記述を読みました。
寅彦の記述は、1泊した香港の風物の南国的色彩から、街並みや夜景の様子、香港の測候所の見学(!)の様子など詳しく、そして生き生きとしています。
漱石もその9年前に英国留学への旅の途中、同じルートで香港に寄っています。漱石の日記を取り出して比べてみました。体調が悪かったのか、留学への不安なのか、漱石の香港の記述は冴えません。事務的に書いてあるだけです。両者の日記を比べると、寺田寅彦は出発前の忙しい中、漱石のもとに暇乞いに行っています。寅彦の妻も別途暇乞いに行っており、寅彦の送別会(星が丘茶寮)には漱石も出席しています。最もそのせいか体調(胃)が悪化し、実際の寅彦の出発(品川から列車)の見送りには漱石は行けませんでした。逆に漱石の出発(横浜)には、寅彦は駆けつけています。
ともあれ、寺田寅彦の留学旅行日記はもっと続いており、香港の記述以上に詳しく、しかも楽しそうです。二人の旅日記のトーンの違いは、きっと、留学先で何をやるのか決まっていない人と、決まっており、先方に知己の学者もいる人との違いから来るのでしょう。科学者の日常のグローバル性も感じます。
寅彦全集を今後読み直して、特に科学上の関連の本が引用されているものを、自分なりに読みこなしてみたいと思っています。量子力学や相対論が脚光を浴び始めた時代。楽しそうです。
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RIVE GAUCHE
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また来週。
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